好色一代女

 井原西鶴(いはらさいかく。1642~1693)の『好色一代女(こうしょくいちだいおんな)』より現代語訳してご紹介。

 さて、川口に西国船の碇を下して古里のかかあを思いやって淋しい波枕(船中の旅寝)をしている人を見かけて、その人に「売色の歌比丘尼はいかが」といって色船(美女をのせた船)がこの港を入り乱れる。艫(とも。船尾)に相当年をとったおやじが座ったまま舵をとって近づく。
 比丘尼はだいたい浅黄の木綿布子(もめんぬのこ)に、竜門の中幅帯(ちゅうはばおび)を前結びにして、黒羽二重(くろはぶたえ)の頭がくし(比丘尼は頭を黒い布で巻いていた)、深江(大阪市東成区深江町)のお七という笠作りが作った加賀笠、畦刺(あぜさし)の足袋(木綿糸で刺した足袋)を履かないということはない。
 絹の二布(ふたの。腰巻)のすそは短く、みんな同じいでたちをして、文庫に入れてあるのは熊野の牛玉、酢貝(すがい。さざえ科の貝)、耳にやかましい四つ竹(両手に二片ずつ持って鳴らす楽器)小比丘尼(子どもの比丘尼)には定まりの一升柄杓(熊野比丘尼が金品をもらうときに受ける柄杓)、「かんじ~ん」声を長く引っ張り、流行り節を歌い、男の気を取り、他から見るのも構わず、碇泊中の親船(本船)に乗り移り、情事をすませてから銭百文つないださしを袂へ投げ入れるのも風情がある。
 あるいは薪をその代金として取り、またはさし鯖(鯖を背割にして塩漬にしたものを二枚ずつ刺したもの)にも代え、同じ流れとはいいながら、見馴れて風情がない。
 人の行末は少しも知れないものだ。私もいつということなく、不品行の数をつくして、今惜しい黒髪を剃って、高津の宮の北にあたり、高原といった町に、軒は笹でふいて幽(かすか)なる奥に、比丘尼の稼業に年功を経たお寮(比丘尼の親方)を頼み、勤めても浅ましくなるものだなあ。

 雨の日嵐の日にも免除されることなく、こうした尼姿の税として一人当たり白米一升に銭五十(それより年少の子供にも白米五合ずつ)毎日お寮に納めたので、自然といやしくなって、昔はこのようなことはなかったが近年は遊女のようになった。
 これもうるわしきは大阪の屋形町まわり、あまりよろしくないのが河内、津の国里々をめぐり、五月八月を恋のさかりとちぎった。
 私はどこかに昔の様子も残っているので、川口の船より招かれ、それをかりそめの縁にして、あとは小宿のたわむれ、一夜を三匁すこしの豆板銀で売る。何ほどのことと思うけれど、それが度重なるに従って、間もなく三人とも身代をつぶさせて、あとは知らん顔で小歌節を歌っている。薄情には違いないが、それも当然のこと。
 どんな安直な色事でも度重なると嵩があがるもの。その心得をせよ。浮気男よ。わかったか。

 井原西鶴は、江戸時代の大坂の浮世草子(うきよぞうし)・人形浄瑠璃作者。浮世草子は町人の世態・人情を描いた小説。
 『好色一代女』は、井原西鶴の浮世草子。6巻6冊。発刊は貞享三年(1688年)刊。巻三に、熊野比丘尼の様子が描かれています。

映画「熊野比丘尼おりん物語」

熊野在住の有志「熊野映画を創る会」による自主制作短編映画です。

2012年熊野にて自主制作/本編35分/鑑賞無料
監督:中田勝康
脚本:畑中和子
出演:中住麻美、芝佳世子、田宮勝、麻谷光俊、大西沙蘭、大久保彰、
   岡本英俊、岡鼻崇、野地本隆、小倉一利、笹谷和弘、井上敦、西浦康代
後援:那智勝浦町、和歌山県、那智勝浦町観光協会、新宮市観光協会、
   新宮市教育委員会、太地町教育委員会、御浜町教育委員会、
   熊野市教育員会、串本町教育委員会、熊野新聞社、紀南新聞社、紀伊民報

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地域の公民館や会議室、店舗や小スペース、野外イベントなど大小様々なご依頼に応じてうかがいますとのことです! お気軽にご相談を。

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